久々の雑談です。
当サイトでは催眠音声のレビューの総評部分において
「この作品は催眠風ボイスドラマです」と言うことがしばしばあります。
でも「催眠音声と催眠風ボイスドラマって何が違うの?」と思っている方もいるでしょう。
そこで今回は私が何を基準にこれらを分類しているかについて説明します。
といってもそもそも明確な基準自体がまだ設けられていないはずなので
あくまで当サイト内でのみ通用する基準と思ってください。

ポイントはどれだけ催眠を行い続けているか結論から言いますと、当サイトでは
作品内で一定の時間及び割合で催眠者が催眠を放棄している催眠音声を
催眠風ボイスドラマと呼んでいます。
もう少し具体的に言うと、催眠導入を行った後に
同人音声のように暗示無しで普通にエッチする作品は催眠風ボイスドラマです。
あと途中でメインの語り手が交代する作品もそうだと私は考えています。
これは催眠には
「催眠者は一度催眠を始めたら最後まで必ずやり遂げなければならない」
というとっても大切なルールがあるからです。
だから催眠を途中で放棄する行為自体が現実の催眠ではまずありえません。
(途中でお姉さんが話すのをやめて無音になるシーンのある作品もありますが
それは沈黙法という立派な催眠法で催眠状態を深めるために行います)
例えば病院で手術を受けている最中に担当医が途中で投げ出すことはありませんよね?
催眠は時間が経つにつれて解除されていくのでそこまで深刻ではないのですが
精神面での治療を施すわけですから当然最後までやり通す必要があります。
語り手の交代については催眠者と聴き手の信頼関係を壊す要因になります。
催眠にとって両者の信頼関係(ラポール)は最も大切なものであり
催眠者はこれを極力損なわないように注意しながら催眠を進めます。
聴き手目線で考えてもいきなり登場したお姉さんに「言うことをきいてね」と言われても
普通はすんなり従えないでしょう。
意識が許容しても無意識が拒絶します。
細かい点を挙げていくときりがないのでこれくらいにしておきますが
当サイトで催眠風ボイスドラマとして紹介している作品のほとんどが
何らかの形で催眠を途中で、もしくは一部で止めています。
逆にドラマ性があってもきちんと催眠を行い続けている作品は催眠音声と呼んでいます。
具体的にどれくらいの時間/割合かについては作品によってまちまちです。
現代催眠のように普通に会話をしているようで実は催眠を施している作品もありますし
催眠を意識していなくても効果的と思えるセリフを言う作品も存在します。
(そもそも現代催眠を仕掛けてくるサークルさんは一握りですし
彼らは絶対に催眠を途中で止めないので催眠風ボイスドラマにはまずなりませんけど)

催眠風ボイスドラマ=悪ではないここまでを読んで
「じゃあ催眠風ボイスドラマって聴く価値ないんじゃない?」
と思った方がきっといるでしょう。
でもそうじゃないんです。
別に私は催眠風ボイスドラマを叩いたり排斥したいわけではありません。
KUKURIさんを始め催眠風ボイスドラマを専門に作られているサークルさんもいますし
既に1つのジャンルとして確立されていると思っています。
催眠は前項で挙げたルールがある以上表現方法に一定の限界があります。
それをぶち破って別の方向から楽しませてくれるのが催眠風ボイスドラマなんです。
例えば催眠状態になって感度上昇の暗示を受けた後でエロボイスを聴くと
普段よりずっと気持ちよく感じるはずです。
催眠音声ではシステム的にお姉さんがあんあん喘ぐことはほとんどありません。
これは常に暗示を使って聴き手の無意識に働きかける必要があるからです。
でも気持ちいい状態でエロエロなボイスやちゅぱ音を聴きたいって人もいますよね?
そのへんの需要を満たすために催眠風ボイスドラマが存在するのだと思います。
あとは世界観をしっかりさせたいとか、ストーリー性を持たせたいとか。
プレイに臨場感を持たせるために催眠を織り交ぜている作品なんかも存在します。
要は自分の目的に合わせて作品を選べばいいのです。
私だって催眠風ボイスドラマを聴きたいなと思うときが普通にあります。
そういうときに作品選びを間違えないように
催眠音声と催眠風ボイスドラマを分けているんです。
催眠風ボイスドラマにだって名作は当然あります。
以上、随分と長くなってしまいましたが
私なりの催眠風ボイスドラマの定義とその存在意義について説明させていただきました。
ぶっちゃけKUKURIさんの作品は本当にライン引きに悩むところなんですよね…
それくらい催眠音声に近い質の高い催眠風ボイスドラマを作られているサークルさんです。
当サイトでは催眠音声のレビューの総評部分において
「この作品は催眠風ボイスドラマです」と言うことがしばしばあります。
でも「催眠音声と催眠風ボイスドラマって何が違うの?」と思っている方もいるでしょう。
そこで今回は私が何を基準にこれらを分類しているかについて説明します。
といってもそもそも明確な基準自体がまだ設けられていないはずなので
あくまで当サイト内でのみ通用する基準と思ってください。
ポイントはどれだけ催眠を行い続けているか
作品内で一定の時間及び割合で催眠者が催眠を放棄している催眠音声を
催眠風ボイスドラマと呼んでいます。
もう少し具体的に言うと、催眠導入を行った後に
同人音声のように暗示無しで普通にエッチする作品は催眠風ボイスドラマです。
あと途中でメインの語り手が交代する作品もそうだと私は考えています。
これは催眠には
「催眠者は一度催眠を始めたら最後まで必ずやり遂げなければならない」
というとっても大切なルールがあるからです。
だから催眠を途中で放棄する行為自体が現実の催眠ではまずありえません。
(途中でお姉さんが話すのをやめて無音になるシーンのある作品もありますが
それは沈黙法という立派な催眠法で催眠状態を深めるために行います)
例えば病院で手術を受けている最中に担当医が途中で投げ出すことはありませんよね?
催眠は時間が経つにつれて解除されていくのでそこまで深刻ではないのですが
精神面での治療を施すわけですから当然最後までやり通す必要があります。
語り手の交代については催眠者と聴き手の信頼関係を壊す要因になります。
催眠にとって両者の信頼関係(ラポール)は最も大切なものであり
催眠者はこれを極力損なわないように注意しながら催眠を進めます。
聴き手目線で考えてもいきなり登場したお姉さんに「言うことをきいてね」と言われても
普通はすんなり従えないでしょう。
意識が許容しても無意識が拒絶します。
細かい点を挙げていくときりがないのでこれくらいにしておきますが
当サイトで催眠風ボイスドラマとして紹介している作品のほとんどが
何らかの形で催眠を途中で、もしくは一部で止めています。
逆にドラマ性があってもきちんと催眠を行い続けている作品は催眠音声と呼んでいます。
具体的にどれくらいの時間/割合かについては作品によってまちまちです。
現代催眠のように普通に会話をしているようで実は催眠を施している作品もありますし
催眠を意識していなくても効果的と思えるセリフを言う作品も存在します。
(そもそも現代催眠を仕掛けてくるサークルさんは一握りですし
彼らは絶対に催眠を途中で止めないので催眠風ボイスドラマにはまずなりませんけど)
催眠風ボイスドラマ=悪ではない
「じゃあ催眠風ボイスドラマって聴く価値ないんじゃない?」
と思った方がきっといるでしょう。
でもそうじゃないんです。
別に私は催眠風ボイスドラマを叩いたり排斥したいわけではありません。
KUKURIさんを始め催眠風ボイスドラマを専門に作られているサークルさんもいますし
既に1つのジャンルとして確立されていると思っています。
催眠は前項で挙げたルールがある以上表現方法に一定の限界があります。
それをぶち破って別の方向から楽しませてくれるのが催眠風ボイスドラマなんです。
例えば催眠状態になって感度上昇の暗示を受けた後でエロボイスを聴くと
普段よりずっと気持ちよく感じるはずです。
催眠音声ではシステム的にお姉さんがあんあん喘ぐことはほとんどありません。
これは常に暗示を使って聴き手の無意識に働きかける必要があるからです。
でも気持ちいい状態でエロエロなボイスやちゅぱ音を聴きたいって人もいますよね?
そのへんの需要を満たすために催眠風ボイスドラマが存在するのだと思います。
あとは世界観をしっかりさせたいとか、ストーリー性を持たせたいとか。
プレイに臨場感を持たせるために催眠を織り交ぜている作品なんかも存在します。
要は自分の目的に合わせて作品を選べばいいのです。
私だって催眠風ボイスドラマを聴きたいなと思うときが普通にあります。
そういうときに作品選びを間違えないように
催眠音声と催眠風ボイスドラマを分けているんです。
催眠風ボイスドラマにだって名作は当然あります。
以上、随分と長くなってしまいましたが
私なりの催眠風ボイスドラマの定義とその存在意義について説明させていただきました。
ぶっちゃけKUKURIさんの作品は本当にライン引きに悩むところなんですよね…
それくらい催眠音声に近い質の高い催眠風ボイスドラマを作られているサークルさんです。
コメント